整形外科の視点から
マイクロサージャリーとは
手の外科研究所 所長
玉井 進
 人間の視力には限界がありますので、小さなものを見るときは虫眼鏡を用います。私達が手術を行なう場合も、肉眼で見難いときには手術用双眼顕微鏡を用いています。これを鏡視下手術、顕微外科、英語ではマイクロサージャリーmicrosurgeryと言います。手術用双眼顕微鏡を用いると立体的に見えるので、顕微鏡を覗きながら組織を剥離したり、微小血管や神経を縫い合わせることが出来ます。通常、10倍から20倍の拡大下に手術を行ないますが、そのためには手術器具や縫合材料も、それに適したデリケートなものでなければなりません。例えば、直径が1.0mmの血管や神経を縫い合わせようとすると、50から100ミクロン(ミクロン=1000分の1ミリ)の針が付いた10から20ミクロンくらいの太さのナイロン単糸を用います。ちなみに人間の髪の毛が約150ミクロンくらいですから、いかに細いものかがお分かりいただけると思います。
 手術用顕微鏡を用いる手術は1921年にストックホルムの耳鼻科咽喉科の医師によって用いられたのが最初でありますが、その後、眼科や脳神経外科で用いられるようになり、1960年にアメリカの血管外科医Jacobsonが直径1.0mmの血管を顕微鏡下で縫い合わせて以来、四肢の血管や神経の修復に応用されるようになりました。このような手術をマイクロサージャリーと言います。
 四肢再建外科の分野では、1960年に入って腕や手・指の再接着術に応用されるようになり、昨今では再接着成功率は90%以上でありますが、手・指が繋がっただけでは意味が無く、もと通りに近い機能を回復しなければ意味がありません。さらに外傷で指が失われたものや生まれつきの手指の欠損に対して足趾を移植したり、労働災害や交通事故による開放創の皮膚欠損に身体の他の部位から血管柄付き皮弁を移植したりもできるようになりました。足趾の関節を動かなくなった手指の関節に移植することも可能になっています。
また、筋肉もその栄養血管と神経をくっつけた状態で採取して、他の部位の麻痺した筋肉の代わりに移植して機能を獲得させることもできます。
 さらに四肢の骨折による骨の欠損や骨腫瘍の手術で大きな骨欠損が残った場合には骨の移植が必要になります。小さい骨の移植ならあまり問題はありませんが、大きい骨を移植するときには骨の血行を保ったままの「生きた骨」の移植が必要となります。骨の栄養血管を一緒に採取して、移植するところの血管と縫合すれば、生きたままの大きな骨を移植でき、早期に骨の癒合が得られます。これを血管柄付き骨移植と言います。この応用によって整形外科の治療は大きく進歩しました。難治性の開放性骨折や偽関節の治療はもとより、骨腫瘍の治療、大腿骨頭壊死の治療などにもひろく応用されています。
 我が国ではいまだ行なわれておりませんが、1998年ころから手や指の同種移植も可能になっています。通常は脳死死体からの移植でありますが、人から人への移植ですので、血液型はもちろん組織適合性や提供者の身体状況などいろんな要因が関与して参りますし、何よりも免疫抑制剤の投与が不可欠であります。その副作用として細菌感染、糖尿病、癌、精神障害なども考えておかねばなりません。
しかし、2009年までに世界中で38例52部分の移植が行なわれており、2例に拒絶反応による再切断が行なわれたそうです。しかし、巧く成功すれば神経も回復して殆ど正常の手と見分けがつかないものもあります。
 残念ながらこの分野では我が国はかなり遅れをとっておりまして、心臓、肝臓、腎臓などの臓器は脳死体から採取できますが、手や指を切り取るとなりますと、外見上の死体損壊ということで宗教的に問題があるからではないかと思います。しかし、近い将来、我が国でも手の移植が腎臓移植などと同じように行なえるようになることでしょう。

症例1
症例2
症例3
症例4
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